無線と実験 1990年7月号 からの抜粋
金田 明彦先生による 真空管DCプリアンプの設計と製作 NO117
(その1)  5極管アンプの夢 一冊のの出合い

・プロローグ

 地球暦21XX年、私はタイムマシンDCアンプ号で地球を後にした。未来のアマチュアオーディオ界を探査し、調査結果をオーディオ史学会に報告するためだ。ところが時空コントロール用コンピュータの誤動作から、奇妙な世界に辿り着いてしまった。

 半導体はどこにも見当たらない。様々な形をしたガラスチューブが淡い光を放っている。なんとここは1960年代の地球、真空管アンプの全盛期の日本らしい。


 コンピュータの修理には1ヶ月はかかるだろう。果たして元の戻れるか不安だが、この世界も調査しておこう。サンプルを集め、アンプを組み立てよう。
 当時のアマチュアオーディオ観を知る手がかりになるだろう。ところが神ならぬ身の私は、この調査がとんでもない結果を招く事に気付いていなかった。まさかミイラ取りがミイラになろうとは。


・目的と手段

 調査をはじめてまず驚いたのは、自作家アマチュアのオーディオ観だ。
我々現代人はオーディオは音楽を再現するための手段と考えてる。目的はあくまで音楽だ。アンプもスピーカーもそのための手段にぎない。

 ところが趣味の世界では目的と手段が入れ代わることもある。この世界はとりわけその傾向が強い。アンプを作り、眺め、その個性音を楽しむ。レコードはアンプを鳴らすための手段と化している。不思議な世界だ。


 回路形式はほぼ固定化されており、進化の気配が殆どない。しかし球を入れ替えると違った音がでるから球の数とその組み合わせの数だけのアンプが共存する。音楽再生に適するアンプだけが生き残れる現代とは根本的に違う。球を変えただけで生まれる製作記事。とうに絶滅するはずだ。


・反物質

全ての電荷を持った粒子には、電荷の符号が違うだけで、それ以外の性質が全く同じという反物質が存在する。
 電子に対しては陽電子(ポジトロン)が存在する。もしもこれらが接近すると図1の様に一瞬にして一対の電子が消滅し2個のγ線が放出される。対消滅という恐ろしい現象だ。


 我々の世界の電子では負の電荷を持った電子は存在するが、陽電子は核反応や放射性物質の崩壊でも起きない限り発生しない。だから真空管の電流キャリアーは電子だけだ。

カソードからプレートに向かう電子による一方向の電流のみだ。


・ポジトロン真空管

 半導体では原子の共有結合に使われる価電子の抜け殻にすぎないホール(正孔)が、まるで陽電子のような行動をして電荷を運ぶので、正と負の2種類の電流キャリアーが存在する。だから電流を吸い込むトランジスター(npn Tr)と電流を放出するトランジスター(pnp Tr)がある。これらがまるで男と女のように協力しあって動作をする。コンプリメンタリー(相補)という協力関係だ。

 陽電子がキャリアーとなるポジトロン真空管は反物質で成り立つ世界にしか生きられない。ここ銀河系では無理だろう。球の世界はドラゴンボールに出てくるナメック星人のような世界だ。

 コンプリメンタリーがあるのとないので応用範囲はどれだけ違うだろう。1:2などというささやかなものではない。1:4どころか1:10以上とも考えられる。Trで楽にできることが球では絶対にできないことも数多い。

 トランスに助けてもらわない限りプッシュプルアンプは作れない。DCアンプも作れない。しかしこれだけのハンディキャップを乗り越えられる何かがあるはずだ。その証拠に、LPレコードの最盛期はカッティングアンプは球アンプの時代であった。アンプが半導体に替わってから、まるで坂を転がり落ちるようにレコードの音質が衰退していった。球には半導体にはない何かがある。

それはいったいなんだろう。


・伝導電流と対流電流

 半導体中を流れる電流は電子やホールによる伝導電流だ。電子は固体の結晶格子と衝突を繰り返し、極めてランダムな熱運動をしながらも全体的に電場とは逆向きに流されていく。導線中を流れる電子の運動も同様だ。

 一方真空管を流れる電流は対流電流だ。電子は殆ど何物にも邪魔されず、電場によって加速され、整然と流れていく。勿論電子同志が衝突するチャンスもあるが、大きく重く、がんじょうな結晶格子との衝突とはわけが違う。この電子の運動の違いが音に現れないはずはない。アンプの中で最も音に影響するのは増幅素子なのだ。


 半導体と真空管の根本的な違いは伝導電流と対流電流にある。ならば真空管の特徴を生かすには、対流電流に対して伝導電流を可能な限り少なくすることだ。

 抵抗の使用数を極力減らす。配線も再短距離。トランスは巻き線の固まり。伝導電流の固まりだ。こいつはよそう。商用電源や整流回路もまずい。発電機や変圧器の巻き線、そして気の遠くなるほど長い送電線。これらも伝導電流の固まりだ。

 真空管を生かすには、オールバッテリードライブが必然的になる。時代を遡れば、オールバッテリー式球アンプが常識だった。この時代は電圧降下の小さい整流器と大容量のコンデンサがなかったため不便を忍んでバッテリーが使われた。しかし真空管本来のメリットを引き出すのはオールバッテリードライブだとは世界中の誰1人として気付かなかったようだ。


・5極管のメリット 

 真空管は2極管に始まり、3極管、5極管(ビーム管を含む)そして多極管と発展してきた。ところが自作派アマチュアの人気は3極管それも古典的な直熱管に集中し5極管が使われる機会は少ない。5極出力管が使われてもスクリーングリッドをトランスのタップにつないだり(ウルトラリニアー接続)、こともあろうに、3極管接続にして5極管を半殺しにして使うことも多い。出力インピーダンスを低くしたい気持ちはわかるが、これではせっかくの5極管が気の毒だ。どうも5極管のメリットが良く理解されていないようだ。5極管の音は嫌いだと言われてしまえばそれまでだが。

 3極管から4極管を経て5極管が生まれた最大の理由は高周波増幅にある。高周波はオーディオとは無縁と考えてはならない。オーディオ帯域でも高域は高周波と考えないとアンプの動作を正しく理解できないからだ。

 3極管アンプでは図2のように入力電圧Viをグリッドとカソードの間に入れ、プレートから出力電圧Voを取り出す。

 ところがプレートとグリッドの間には容量Cpgがある。導体が向かい合えば容量ができる。このCpgを通してVoが入力に戻ってくる。VoとViは逆位相。これは負帰還だ。Cpgを流れる電流は周波数が高くなるほど増えてくる。だからゲインも減ってしまう。


図2
3極管アンプのミラー効果

場合によっては他の容量やインダクタンスとの複合効果で正帰還になり発信することもある。そこでカスコードアンプが発明された。

 図3のようにカソード接地アンプV1のプレート側にグリッド接地アンプV2をほ追加し、V1のプレート電圧を固定することでCpgを通しての帰還を食い止めるのだ。

 カスコードアンプはプレート電流が電源変動の影響を受けにくいという特徴もあり、現代DCアンプにも盛んに使われている。

 5極管では図4のようにコントロールグリッドG1とプレートの間にスクリーングリッドG2を入れ、この電圧を固定して、プレートからG1への帰還を防いでいる。内部構造がすでにカスコードアンプなのだ。

図3
カスコードアンプ



 5極管は内部抵抗がrpが高く、電源変動の影響を受けにくい。電圧利用率が高く、最大出力電圧が大きい。

 gmが大きくゲインが高いというオーディオアンプ用としても数々の特徴がある。

 しかしこの特徴を十分に発揮させるには、G2の電圧を完全に固定しなければならない。

 この固定方法(正確にはカソードに対して)が不完全なために5極管のメリットがオーディオでは生かされなかったのだろう。

5極管動作 or 3極管動作 ?

 この時代、5極管のG2電圧は図5のように電源から、高抵抗を通して供給され、バイパスコンデンサで交流的にアースに固定されるのが一般的だった。

 コンデンサの性質を全面的に信頼していたからこんな安易な方法が使えたのだろう。全てのパーツの性能上の限界や音に対する影響度が解明されている現代では考えられない方法だ。


 いかにコンデンサーの容量を大きくしても所詮はコンデンサー、超低域ではないのと同じだ。

 G2に流れる電流はG1の電圧によって変化し、しかも高抵抗を通ってくるので、プレート電圧と同じように変化する。これはもはや3極管動作であり5極管動作ではない。G2に大容量のコンデンサーを入れても結果は同じ。今度は電解の劣悪な音が出る。


 中高域は5極管、超低域は3極管。これは複雑怪奇な現象だ。単にゲインが変わるだけではない。球の動作も特製も変わるのだ。その境目がCgとRgの積(時定数)で決まるのだ。
図5
G2電圧の固定法とバイパスコンデンサー


信号経路は何処?
 図6は自己バイアス式のカソード接地アンプである。真空管アンプで最もよく使われる回路だ。真空管はグリッドとカソードの間の電圧Vgkでプレート電流Ipがコントロールされる増幅素子だ。通常はグリッド電圧をカソードに対して負の領域で使うために直流電圧をかけておく。これがカソード電圧Vbだ。図6ではカソード抵抗Rkに流れるIpによってVkを作っている。入力電圧Viが高くなればIpが増え、Vkも増える。VgkからみてVkはViを打ち消す向きに働く。つまり負帰還だ。この作用で動作点が安定し、球のバラツキの影響を受けにくくなるが、反面電圧ゲインも下がってしまう。

 そこでカソードにはバイパスコンデンサーCk(大抵は電解コンデンサー)を入れ交流的に接地する。このCkが問題だ。


 ViにはストレートにはVgkに伝わらない。必ずCkという音質劣化要素を通らなければならない。

 真空管はCkで歪んだ信号を受け取りそれを正直に増幅するのである。

 もし信号源に直流分が含まれている時は図7のようにカップリングコンデンサーを使う。

勿論、信号電流はCcを通ってからVgkに伝わるのでCcによっても音質が劣化する。

ただCkと異なり容量値が少なくてもよいので電解コンデンサーが使われることはない。

しかし球アンプでは段間を直接結合するのが比較的難しいので、Ccの数も結構多い。だからあまり高価なコンデンサーを使うわけにもいかず、フィルムコンデンサー程度でお茶を濁すことも多い。


 さて図8の段間のCR結合部では何が起きているだろう。V1とV2のプレート電源はデカップリングコンデンサーCdで一応安定化されている。といっても交流分に対してだけだ。超低域や直流分に対してはないのと同じ、非安定電源だ。


 V1の出力信号は次ぎの経路で次段V2のグリッド・カソード間Vgk2に伝わる。
Cd→Rp1→Cc1→Vgk2→Ck2→アース→Cd。

これは信号電圧の正のサイクルであり、
負のサイクルでは、
V1→Ck1→アース→Ck2→Vgk2→V1となる。

信号がV1からV2にストレートに伝わらず多数のコンデンサーを介していることがわかる。
特に正のサイクルではCdが電源の役目をしており、このクォリティが音に影響するのは明かだ。

 しかし悲しいことにCdに電解コンデンサーが使われることが多い。数多いコンデンサーの中最も歪みの発生量が多く、最も周波数特性の悪い電解コンデンサーがCkにもCdにも使われている。心から電解を信じているのだろうか。信じる者は救われるという神の教えの通りに。


 我々現代人は過去に戻って歴史を変えるわけにはいかない。これはタブーだ。もし歴史を変えれば自分自身の存在さえ怪しくなる。だから過去のオーディオマニアにコンデンサーの有害度を教えるわけにはいかないのだ。


トランスを過信するな

 この時代のアンプには多数のトランスが使われていた。パワートランス、アウトプット、インプット、段間結合用から位相反転用、トランスの林に球が埋もれているアンプもある。

 人間の習慣とは恐ろしい。毎日悪い物を見聞きしていると本物がわからなくなる。糸ドライブの長周期の回転ムラに慣れ親しんでいる内、回転ムラゼロのダイレクトドライブや、生演奏に感動しなくなる。バスレフのボンついた音が好きになり、生の音が歪んで聞こえてくる。耳も頭も狂っている。

 一度で良いからトランスを全く使わない音(これは生演奏とオールDC録音しかないが)を聞いた人ならトランス独特の音を明確に弁別できる。たとえ再生系だけでも、入力から出力まで(できればパワートランスも)トランスのない音を聴いた人はトランスの音楽破壊度を身に泌みて感じている。さらにトランスの製作に没頭した人なら、トランスの巻線構造やコアによって特性が大幅に変わり、完全に満足するトランスは作れない事も、できればトランスを使いたくないこともよく知っている。

 パワーアンプのアウトプットトランスは仕方がないとしても、その他のトランスはできるだけ使わない方がよい。もし音楽を大事にするのなら。

本当に球の音が出ているか

 百歩ゆずって球の個性音を音楽よりも愛する立場に立ってみよう。球の個性音を純粋に引き出すには球以外の要素で音を濁らしてはならない。当り前の原理だ。

しかし現実はどうだ。各種のコンデンサーで音が歪み、トランスの磁気歪みの音が加わり、電源変動で動作点が揺さぶられている。おまけに回路は交流分と直流分で動作が異なるACアンプ。動作の境界を決める時定数が山ほどある。


 確かに同じアンプで球を変えれば音も変わるから球の音が出ているはずだ。しかしあまりにも他の要素による歪みが多すぎる。この点でこの時代のアンプ設計者は自己矛盾に陥っている。

そして、

 そして、バッテリードライブ、5極管を用いたプリアンプの製作へと話は続きます。その後の回路や発想も豊かで、かつ一般的には驚愕であることは間違いありません。(ここでは割愛します)

 私はアンプを組み立てるのが好きです。音楽を聴きその美しい音に包まれ安堵する時間も貴重です。アマチュアオーディオ製作とはその探究です。